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千葉地方裁判所 平成10年(行ウ)67号 判決

原告

東柏産業有限会社

右代表者代表取締役

篠田忠勝

右訴訟代理人弁護士

佐藤和利

木下泉

被告

柏税務署長 橋本文男

右指定代理人

黒澤基弘

笹崎好一郎

神作昌嗣

富永鐘治

深津輝彦

渡邉正博

安井和彦

高野浦信昭

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告の平成七年四月一日から平成八年三月三一日までの事業年度に係る法人税につき、平成八年一二月二七日付けで柏税務署長がなした更正処分のうち、原告の篠田忠治に対する貸付金の利息金一〇三万一〇〇九円を所得に計上した部分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、平成七年四月一日から平成八年三月三一日までの事業年度に係る法人税につき、原告と篠田忠治(以下「故忠治」という。)との間における金銭消費貸借契約が無効であるとして、右契約に係る貸付金の受取利息の計上をしなかったところ、平成八年一二月二七日付けで、被告が受取利息一〇三万一〇〇九円を所得に加算すべきであるとした上、翌期へ繰り越すべき欠損金を一七九六万九二〇七円から五二七万八一一〇円に減額する旨の更正処分(以下「本件更正処分」という。)を行ったので、原告が本件更正処分のうち、右契約に基づく受取利息として一〇三万一〇〇九円を所得に計上した部分の取消しを求めた事案である。

二  前提となる事実(証拠の摘示のないものは当事者間に争いがない。)

1(一)  原告は、不動産の売買や仲介などを主たる目的とする有限会社であり、代表取締役は、故忠治の長男である篠田忠勝(以下「忠勝」という。)取締役は、故忠治の二男である篠田政明(以下「政明」という。)であり、故忠治を頂点とする篠田家が支配する同族会社である。

(二)  訴外日本スリーエス株式会社(以下「日本スリーエス」という。)は、経営、事業承継、相続に関するコンサルタント業務を行う株式会社であり、同社の代表取締役である訴外杉山賢一(以下「杉山」という。)は、税理士として日本スリーエスが行う諸業務の立案を作成、指導している。

2  節税対策の企画とその実行

(一) 故忠治は、平成四年一〇月ころ、自らが八六歳の高齢になったことに伴い、次のような節税対策(以下「本件節税対策」という。)を企画した。

(1) 故忠治が、杉山が実質的に支配するフォーエスキャピタル株式会社(以下「フォーエスキャピタル」という。)の株式を買い受け、買受代金を支払う。

(2) 故忠治は、右株式を一定期間経過後、財産を多く相続させようとする相続人に贈与する。

(3) 受贈者は、右株式を一定期間保有した後、日本スリーエスが紹介した業者に時価で売却する。

(4) フォーエスキャピタルは、相続・贈与税の評価において、その評価が配当還元方式により低額に抑えられるよう作られた会社であり、右の方法により、故忠治の資産がフォーエスキャピタルの株式に転換したことにより評価額が大幅に減縮され、この株式を贈与することにより相続発生時の相続税を少なくすることができる。次に受贈者は贈与税の申告において、ごく少額の税金を支払い、その後、受贈者は株式を第三者に時価で売却することにより、被相続人が買受時に支出したに概ね等しい代金を回収することができる。

(二) 故忠治は、本件節税対策に基づいて、次のとおり実行した。

(1) 故忠治は、平成四年一二月二四日、フォーエスキャピタルから、同社の株式八万二二〇〇株、(以下「本件株式」という。)を代金一四億〇〇五二万三六〇〇円で引き受け、右同額を株式会社エスビーエフ(以下「エスビーエフ」という。)から借り受け、代金をフォーエスキャピタルに支払った。右借入れにあたっては、フォーエスキャピタルは故忠治から受領した株式引受代金の八〇パーセントを定期預金とし、この定期預金を故忠治の借入金の担保としてエスビーエフに提供した。

(2) 故忠治は、平成五年一二月一五日、本件株式を政明に贈与した(以下「本件贈与」という。)。

(3) 政明は、平成六年三月、平成五年分の贈与税の申告にあたり、本件贈与に関して、配当還元方式により一七〇九万七六〇〇円の価額の贈与を受けたとして、納付すべき税額を六四二万三三〇〇円とする申告を柏税務署に行い、右申告納税額を納付した。

(4) 政明は、本件株式のうち七万八〇〇〇株を平成六年一二月二六日に株式会社セムヤーゼ(以下「セムヤーゼ」という。)に一三億四一六七万八〇〇〇円で売却した。

(5) 政明は、右(4)の売却代金のうち、一二億九六一九万五一五〇円を原告に貸し付けた。

(6) 原告は、故忠治に対し、平成六年一二月二六日、約定利率を年六パーセントとして一二億九六一九万五一五〇円を貸し付けた(乙二、三。以下「本件貸付」という。)。

(7) 故忠治は、一二億七四〇二万三六〇〇円をエスビーエフに返済した後、平成七年四月五日死亡した。

3  被告による更正処分等

(一) 被告は、平成八年二月一六日、政明に対し、本件贈与に係る贈与税について、追加納税額を九億六二六二万二八〇〇円とする更正処分、過少申告加算税を一億四四〇七万一五〇〇円とする賦課決定をなし、その旨の通知をした。

(二) 右の各処分がなされたため、原告は、平成七年四月一日から平成八年三月三一日までの事業年度に係る法人税につき、本件贈与が錯誤により無効であるので、本件株式は故忠治の相続財産に含まれ、本件貸付も無効であるとして、本件貸付の受取利息を所得に計上しなかったが、被告は、平成八年一二月二七日付けで、平成七年四月一日現在の本件貸付金残金一二億五四三九万五一五〇円に対する利息相当額一〇三万一〇〇九円(元金一二億五四三九万五一五〇円×年利六パーセント×故忠治死亡までの対応日数五日)を所得に加算すべきであるとして、他の受取利息計上もれ七八万円と合わせて、加算すべき所得金額を一八一万一〇〇九円とし、一方、減算すべき金額を二六三万七一六九円とした上で、翌期へ繰り越すべき欠損金を一七九六万九二〇七円から五二七万八一一〇円に減額する旨の本件更正処分を行った(甲二)。

(三) 原告は、平成九年二月二七日付けで、国税不服審判所長に対し、審査請求を行ったところ、平成一〇年六月一〇日、棄却する裁決がなされた。

三  原告の主張

1  本件貸付は、日本スリーエス及び杉山からの指示に従って、故忠治の資産について発生する相続税の節税対策の一環として行われたものであるところ、右節税対策が税務上問題のあるもので、かえって多額の税負担が発生することを知っていれば、本件節税対策を実行することはなかったのであるから、その一環として行われた本件貸付も錯誤により無効である。

2  よって、本件貸付を前提とする利息金収入は原告に発生していないので、本件更正処分のうち、右利息金を所得に計上した部分は取り消されるべきである。

四  被告の主張

1  金銭消費貸借契約に係る利息の発生について

(一) 金銭消費貸借契約に係る利息は、元本の利用の対価であり、債務者は元本を受け取った日からこれを利用し得るのであるから、右契約に利率の定めのある場合には、元本の授受から返済終了までの期間、元本の額及び貸付利率に応じて利息が発生する。

(二) 法人税法上、金銭消費貸借契約による貸付金に係る受取利息は、有償による役務の提供に係る収益の額として益金の額に算入されることとなり(同法二二条二項)、その収益の額は公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとされている(同法二二条四項)。

(三) そして、公正妥当と認められる会計処理の基準によれば、一定の契約に基づく継続的な役務提供の対価は、期間の経過に従い既にその期間中の収益として発生しているものであるから、その発生した期間に正しく割り当てられるよう処理する(企業会計原則第二の一Aに定める「発生主義の原則」)のが会計慣行であって、法人税の実務においても従来から右発生主義の会計慣行に従って処理されているところである(法人税基本通達二―一―二四)。

(四) したがって、利息の支払を現実に受けていなくとも、その期間中の収益は発生しているのであるから、これを受取利息及び未収収益として、その期間の属する事業年度の損益計算書及び貸借対照表に計上しなければならない。

2  本件貸付の存続について

本件貸付は、次のとおり、平成八年三月三一日に返済が完済するまで有効に存続していた。

(一) 故忠治は、原告に、融資金額に対して年六パーセントの利息を支払うこととして一二億九六一九万五一五〇円の借入れの申込みをし、原告は右申込みについて、平成六年一二月二二日開催の取締役会の承認決議を経た上で承諾した。

(二) 原告は、平成六年一二月二六日に、本件貸付金一二億九六一九万五一五〇円をさくら銀行池袋支店の故忠治名義普通預金口座(口座番号三六八九四〇七)に振り込む方法により、貸付を実行した。

(三) 原告は、平成七年三月期の損益計算書に融資実行日から平成七年三月期末(同年三月三一日)までの期間及び元金の変動に対応する利息二〇〇四万九五五六円を受取利息として計上するとともに、同期の貸借対照表の資産の部に、本件貸付金の期末残高として一二億五四三九万五一五〇円(右振込額から故忠治が平成七年三月三日に原告に返済した四一八〇万円を差し引いた残額)を、また右受取利息額が全額未収であったことから、未収利息として同額をそれぞれ計上した上で、同期の法人税の確定申告書を提出した。

(四) 原告は、平成八年三月三一日に本件貸付金残元金一二億五四三九万五一五〇円を故忠治からの借入金と相殺する方法で返済を受けた。

3  本件更正処分の適法性について

平成八年三月期に帰属する平成七年四月一日から五日までの間に発生した本件貸付に基づく利息の額は、平成七年四月一日時の元本の額(一二億五四三九万五一五〇円)、約定利率(六パーセント)及び貸付日数(平成七年四月一日から同月五日までの合計五日)により、一〇三万一〇〇九円となるところ、原告は、右受取利息の金額を平成八年三月期の益金の額に計上していなかった。そこで、被告は右同額を受取利息として原告の益金の額に算入したものである。

4  利息の発生の有無と融資資金の資金源との関係等

原告は、本件貸付は、本件節税対策の一環として行われており、本件節税対策が錯誤により無効である場合、本件貸付もなされなかったといえるから、本件貸付は錯誤により無効であると主張するが、貸付に伴う利息が発生していたか否か及び発生していた場合の利息の額は、あくまで、融資の有無、融資に対する約定利率、融資額の変動状況、融資期間によって決まるものであって、融資をする側がその資金をどのように入手したかは何ら関係のない事柄であり、原告の資金を故忠治が借用したとの事実が消滅するものではない。原告が金銭消費貸借契約に基づいて、故忠治に貸付を行った事実に異動はない。

5  以上からすれば、本件貸付に基づく受取利息を原告の所得に計上した本件更正処分は適法であって、原告の主張には理由がない。

五  争点

本件の争点は、本件更正処分のうち、本件貸付に係る受取利息の所得への計上の適法性であり、具体的には、原告の主張する本件貸付の錯誤無効が右決定に及ぼす影響である。

第三当裁判所の判断

一1  金銭消費貸借契約に係る利息は、元本の利用の対価であり、債務者は元本を受け取った日からこれを利用し得るのであるから、右契約に利率の定めのある場合には、元本の授受から返済終了までの期間、元本の額及び貸付利率に応じて利息が発生する。

2  そして、法人税法二二条二項によれば、金銭消費貸借契約による貸付金に係る受取利息は、有償による役務の提供に係る収益の額として益金の額に算入され、同四項によれば、その収益の額は公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとされている。また、企業会計原則第二の一Aによれば、すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割り当てられるように処理しなければならないとされている上、法人税基本通達二―一―二四においても、貸付金等から生ずる利子の額は、その利子の計算期間の経過に応じ当該事業年度に係る金額を当該事業年度の益金の額に算入するとして、発生主義による未収利息の計上が原則とされている。

3  したがって、利息の支払を現実に受けていなくとも、その期間中の収益は発生しているのであるから、これを受取利息及び未収収益として、その期間の属する事業年度の損益計算書及び貸借対照表に計上しなければならない。

4  証拠(甲三、乙二ないし五)によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成六年一二月二二日、原告の取締役会において、原告が故忠治に対して、一二億九六一九万五一五〇円を年六パーセントの利率で融資することが承認された。

(二) 原告は、平成六年一二月二六日に、一二億九六一九万五一五〇円をさくら銀行池袋支店の故忠治名義の預金口座に振り込む方法により、本件貸付を実行した。

(三) 原告は、平成七年の三月期の損益計算書に右融資実行日から平成七年三月期末(同年三月三一日)までの期間及び元金の変動に対応する利息二〇〇四万九五五六円を受取利息として計上するとともに、同期の貸借対照表の資産の部に、本件貸付に基づく貸付金の期末残高として一二億五四三九万五一五〇円(右振込額から故忠治が平成七年三月三日に原告に返済した四一八〇万円を差し引いた残額)を、また右受取利息額が全額未収であったことから、未収利息として同額をそれぞれ計上した上で、同期の法人税の確定申告書を提出した。

5  そして、本件証拠上、平成七年四月一日から故忠治が死亡した同月五日までの間に原告と故忠治との間で本件貸付の契約内容が変更された事実は認められず、反対に原告は平成八年三月三一日に故忠治に対する貸付金一二億五四三九万五一五〇円を故忠治からの借入金と相殺する方法で返済を受けている事実が認められる(乙五)。

6  そうすると、本件貸付は現に実行され、平成八年三月三一日まで有効に存続していたと認められるのであって、被告が、本件更正処分において、右経済的実態に着目し、発生主義の原則にしたがって前記前提となる事実でのとおり受取利息を原告の所得として計上し加算したことは相当である。

二  原告は、本件貸付は、本件節税対策の一環として行われており、本件節税対策が効を奏しなかった以上、本件貸付は錯誤により無効であると主張する。

しかしながら、一定の経済目的の達成や経済的効果の発生を実現する複数の手段が存在する場合、そのうちいかなる法形式を用いるかは、私的自治の原則の下では当事者の自由な選択に委ねられており、節税もこのような原則の下で、これを選択する当事者自らの責任と負担において行われるものであるから、その意図に反して課税されたとしても、それは単に節税対策を誤ったに過ぎないというべきであり、そもそも節税対策であることの認識がある以上、それが功を奏して他の法形式を選択した場合よりも税金の点で利益を享受することがある反面、場合によっては期待するような節税効果があげられないことのあり得ることも当然想定すべきものである。そして、現実に課税された時点で当初の期待に反することを理由にいったん選択した法形式を否定することは、自らの判断の誤りを理由に、しかもそれが誤っていた場合にのみ、右法形式を前提に形成された租税法律関係を覆すことを意味し、一方で法形式選択の自由を享受しながら、他方で自らの選択を自らの判断の誤りをもって撤回する行為であって、もはや意思主義の観点から取引安全に制約を加えることによって表意者を保護しようとする錯誤の適用場面とは異なるものというべきである。

本件についてこれをみれば、本件節税対策もまさに節税のためにひとつの法形式を自由に選択して行われたものであり、結果的に期待した節税効果があげられなかったとしても、その選択した法形式をいまさら否定することはできず、また、これを錯誤ということはできない。

また、仮に原告主張のような錯誤があるとしてみても、申告納税方式が採用され、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等が課されるものとされていることに照らせば、納税義務者において法律行為の要素たりうる課税負担に関する錯誤が存するからといって、それによる法律行為の無効を理由にいつでも納税義務を免れうるものとしたのでは、租税法律関係が不安定となるばかりでなく、申告納税方式の破綻につながるおそれもあることからすれば、右錯誤による法律行為の無効については、法定申告期限を経過した後においては、更正の請求(国税通則法二三条)によってその救済が図られるべきであり、更正の請求以外にその是正手段を許さなければ納税義務者の利益を著しく害するような特段の事情がある場合を除いては主張できないものと解すべきである。

本件では右特段の事情も認められず、したがって、本件貸付の錯誤無効に関する原告の主張は理由がない。

三  よって、原告の請求は理由がないので棄却することとし、平成一一年一二月二〇日に終結した口頭弁論に基づき主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西島幸夫 裁判官 伊藤敏孝 裁判官 鈴木秀雄)

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